新着情報

神々のつぶやき No.43 いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2021/03/01

我が輩はモゥーモゥーの牛である。
以前は人間もしておりました!
我がモゥーモゥーと人間の間で見た聞いた話をするモ~。
 
やれやれ、ようやく春のはじめに到着かなモシ。
そうだ!祈りに行こう。
今日のテーマは「意」のりはいろいろあるな~モゥー。


ある祈りの意について。その①

一人の男が牛である私の許へやって来て
「三十年も精進し祈ってきたが未だ神を理解するに至らない」と言った。
初めの初めっからこの男は間違った姿勢をしているね。
この男は非常に計算高いずる賢い人間だったに違いない。
そうでなければ愛と祈りの瞬間をどうして数えていられよう?
「私は三十年も祈ってきた・・・」

この計算が示しているのはビジネス精神だ。三十年だって?
よく数えていたものだ!この男はこの俗世の人間、欲深くって計算高いこの世界の人間だったに違いない。
脱俗した世界に移っていったのだが、その姿勢は同じで変わらなかった。

「私はこれこれ何日のあいだ断食をした。何回祈った。それなのに何も起こらないなんて?」
実のところ、もし祈りとは何かを知っていたら結果などどうでもいいはずだ。祈りそのものが結果だ。
その価値はすでに祈りそのものの内にある。祈る・・・・と、それだけで充分だ!
祈りは幸福、祈りは歓喜だ。
祈ること自体ですでに充たされる。他に何もいらない。

ところが、あなたがたは祈っていない時には祈りの結果を待ち焦がれる・・・人もいる!
そうなったら祈りは目的のための手段になる。が、祈りはけっして目的のための手段にはなりえない。
祈りはそれ自体で完結している。

すべての美しいもの、愛、祈り、瞑想、これらはすべてそれ自体で完結する。
他のもののための手段には大事な点を見逃すことになる。それらはただ楽しむだけでいい。
それはちょうど朝、散歩に行くのと同じだ。陽が昇り新しい一日が生まれる。再び生命が復活する。
夜の暗闇のなかからすべてがよみがえる。木々は目覚め、鳥たちは活気づき、
香ぐわしい新鮮なそよ風が吹きわたる・・・。
あなたは朝の散歩をただ楽しむ。それとも日記にこう書くかね?
「・・・・。私は三十年のあいだ毎朝散歩したがまだ何も起こっていない。」

朝の散歩は朝の散歩。それ自体で完結する。その目的はそれ自体の内にすでに備わっている。
あなたは散歩を楽しんだのだ。
毎朝のその散歩によって豊かになったのだ。その散歩によって将来いつか豊かになるというのではない。
まさに今、あなたを豊かにするのである。

 いやはや!またまた大変な話だったなぁ~モゥー。
 一体「意」のりと祈りはモゥー。よく分からないね。次回を待つべか!
  ああ本日は神社でも行って牛丼でも食べっかな!モゥー。
  つづく


                                      勾玉牛拝

                                          

神々のつぶやき No.42 いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2021/02/01

我が輩はモゥーモゥーの牛である。
以前は人間もしておりました!
我がモゥーモゥーと人間の間で見た聞いた話をするモ~。
 
正月も終わり、早や2月じゃモゥ~。
今年は新型コロナでモゥ!モゥ!大変な正月だったなぁモシ。
我が輩が牛だった頃に聞いた話じゃがいくつか面白かったりフ~ンと考えたり、
まぁ~印象に残った事を述べようなモシ!

一、真理に興味を持つようになる探求者には二種類あると言う。
  ある人は経典を探し始めるらしい。
  その者は大した知識人になり、偉人?物知り博士になるかも知れないが、内側は暗闇のままである。
  なぜなら彼の得た知識、光はすべて借り物だ!と言う。
  借り物の光は人生の危機の役には立たないとも言っている。
       
  ある話:私はキリストの「誰かがあなたの頬をぶつなら、もう片方も差し出しなさい。」という
  言葉を経典から学び、説教のたびに繰り返していたある神父のことを思い出した。
  みんなが彼の説教を気に入っていた。そういう類いの偉大な言葉を経典から引用していたからだ。

  ところが、ある日曜日、一人の男が実際に立ち上がって神父の頬をひっぱたいた。
  神父はショックを受けた。ちょうどイエスを引用していたところだったからだ。
  しかしなんとか面目を保つために彼はもう一方の頬を差し出した。みんなこの状況を見ている!
  するとその男は本当に反逆的なタイプだったに違いない。彼は他の頬もひっぱたいた。
  音よくパーン!!とやった!
  さあ、これはあんまりだった!
  神父はその男に飛びかかって彼を殴り始めた!
  するとその男は言った。「何をするんですか!」
  神父は答えた。「聖書(経典)が言っているのは二番目の頬までだ。
  その次は俺とおまえとで決着をつかようじゃないか。」
  借り物の経典は現実に出くわした時には役に立たないらしい。
  人生には日々直面すべき現実がある。
  死に際しては、究極の現実に直面しなければならない。
  借り物の知識は全く何の役にも立たない!

一、二番目のタイプの探求者は経典、聖典等には向かわないで師(マスター)を探し始める。
  これらは二つの異なった次元でもある。
  一方は知識を求め、他方はまだ生きている生の声、源泉を探し求めている。
  一方は死んだ経典を探し求め、他方はそのハート(心)がいまも脈打ち踊り、
  その目の中にまだ深さを見ることができ、人が自分自身の潜在的可能性を見いだすことが
  出来るような生きた経典、聖典を探し求める。
  二番目のタイプこそが真正な真理の探究者であると言う。一番目のタイプは果たしてどうかな?

  こんな話も聞いたなぁ~モシ。
  教師は何も知らないがゆえに、自信に満ちて話す事ができる。
  師は沈黙したままでいるか、話すときには非常な責任を持って話す。
  なぜか!それは自分が表明することは矛盾してはいないが矛盾しているように見える!
  ということを知っているからだ。しかし、すべての教師は師であると思われたい。
  探求者にとってはこれが問題となるらしい!

      まぁまぁ~いろいろな話もありますモゥー
      こんな調子で今年も宜しくモゥーモゥーモゥー
      あ、牛丼思い出した!

                                         勾玉牛拝

                                           

神々のつぶやき No.41 いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2021/01/01

       我が輩はモゥーモゥーの牛である。
       以前は人間もしておりました!
       我がモゥーモゥーと人間の間で見た聞いた話をするモ~。
 
       新年こんにちは。
       私は丑(ウシ)である。
       今年は2021年、令和3年、辛丑(かのとうし)と言います。

       暦の予備知識を少しモ~す。
       干支(かんし)~干支は十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)の
       組み合わせによって作られているモゥ~ン。

       十干は、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・
       己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)の十通りから成ります。

       十二支は、子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・
       未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)の十二通りです。

       この十種の十干と十二種の十二支が相互に組み合わされて六十干支が成り立っていて、
       この六十干支の事を一般に「えと」と呼びます。

       本年、還暦を迎えた方々は1961年(昭和36年)生まれです。
       星座は三碧木星。

       <九星>
       九星は、一白(いっぱく)・二黒(じこく)・三碧(さんぺき)・四緑(しろく)・五黄(ごおう)・
       六白(ろっぱく)・七赤(しちせき)・八白(はっぱく)・九紫(きゅうし)の九つの星から成り立ちます。
       九星は九星術に基づいて占いますが、これは大変難しく複雑ですので説明はしません。

       1961年(昭和36年)生まれの還暦の方が今年一年相性が良い人達は、
       (平成2年、昭和56年、昭和47年、昭和38年、昭和29年、昭和20年、昭和11年)生まれの方々です。
       では、相性が悪い人達は・・・・書くのは止めます。

       では、令和3年、西暦2021年、辛丑の年はいかに。

       全体的一年
       丑は午(うま)と違ってゆっくりと歩く。
       歩くリズムは穏やかに動き、急発進は禁物。すなわち目的の変更、己の志、生活基準、
       方針の行く末、等々、変換はなるべく行わないように意識することが大事な年回りです。
       何かうまい事や新しい話には乗らず、しっかりと粛々と足下を強く踏みしめ一年を歩く事が無難です。

       西暦1961年、昭和36年生まれ、辛丑、六十歳、還暦の方々へ。
       九星は三碧木星(さんぺきもくせい)
       全てにおいて冷静さが全ての難を避ける。
        一、金銭経理はしっかりとやる。
        一、何事にも慢心しない事。
        一、言葉のトラブルに注意。
        一、食事に対する考えを見直す時期。

       六十歳。
       第二の人生、人によっては第三の人生のスタートです。
       人間関係、最後の構築をスタートする年。
       まだまだ先は長い道のりです。
       なるべく軽い荷物を背負い、重い荷物は1つ1つ降ろして行きましょう。
       良き1年になります。
       人生100年、還暦60年。よくぞ生きて来ました。
       二廻り目は一度通った道になります。
       迷わず暗い道に入らず、二度失敗しない様に心がけましょう。

       天国抽選!地獄繁盛!勾玉満腹!
       モゥーモゥーモゥー 


                                               勾玉牛拝
                                                  

神々のつぶやき No.40 いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2020/12/01

           我が輩はねずみであります。
           ですが、以前は人間もしておりました!
           我が輩ねずみと人間の間で見た聞いた話をするチュー。
 
           それは呼吸と食と酒の変な?話。②
           ああ〜今年もこれで最後か!

           酒は人格を出せないが、酒はあなたの身体のパターンを変え、身体の化学作用は変化する。
           身体の化学作用が変わると共に、心(マインド)もそのパターンを変えざるを得ない。
           そして心(マインド)がパターンを変えると、新しい人格が現れる。

           ここに中国の最古の寓話のひとつがある。
           昔こんなことがあったらしい。
           酒の瓶が偶然テーブルから落ちてしまった。猫が飛び跳ねたのかもしれない。
           瓶は割れ、酒は床にこぼれて飛び散った。
           夜になり、三匹のネズミが酒の周りを囲んだ。

           一匹のネズミはすぐに言った。「俺はこれから王様のところへ行ってくる。
           宮殿へ行ってあいつに分相応の場所をくれてやるよ!」
           もう一匹は言った。「王様が何だってんだ。俺様が全世界の皇帝になるのさ。」
           三匹目は言った。「おめえら勝手にしてろ。俺は上に行ってネコちゃんと寝てくるぜ。」・・・

           人格がそっくり変わってしまった。------猫と寝ようと思っているネズミだった?
           それは起こり得るし、毎日の様に起こっている・・・・
           何であれあなたの食べるものはあなたを変える。
           何であれあなたの飲むものはあなたを変える。
           それは身体が多くの部分を占めているからだ。
           あなたの九十パーセントはあなたの身体だ。

              皆さん。
              酒飲み兎、食べ過ぎ兎君。
              新しい年明けからあらゆることに注意を払おう!
              食事、姿勢、眠り方、朝の目覚め方、仕事への認識、起床の時、就寝の時、酒を飲む時。
              飲んでいる時、特に人格ありき。
              ギリギリで深酒は止めよう。そして何事も酒が体内に残る時の判断はやめよう。
              必ず間違いがおこるぞ!
              注意する年にしよう。あらゆる事に注意を払おう。

              良き年を迎えようぜ!
              兎は月で餅をつく!

                                            勾玉鼠小僧拝

                                              

神々のつぶやき No.39 いずれも先達から聞き及んだ話だが…

エントリー投稿日:2020/11/01

           我が輩はねずみであります。
           ですが、以前は人間もしておりました!
           我が輩ねずみと人間の間で見た聞いた話をするチュー。
 
           今日のテーマでチュー
           それは呼吸と食と酒の変な?話です。さあ行くべか!

           あなたの呼吸は変化する。
           走っている時変化すると言います。
           いつもより酸素がたくさん必要だからと申します。
           走っていると呼吸は変わり、呼吸が変われば思考がすぐに変わると言います。

           チベットでは怒っているなら少し走れと言われている。
           家の周りを二、三周して戻り、怒りがどこへ行ったかを見る。
           速く走ると呼吸は変化する。
           呼吸が変わると思考パターンが同じままではいられず、変わらざるを得ない。

           何も走る必要はない。
           五回、深呼吸をするだけでもいい。吸って吐く。
           そして、どこへ怒りが去って行ったか見てみる。

           怒りを直接変えることは難しい。
           身体を変え、次に呼吸を変え、そして怒りを変える方が簡単だ。
           これは科学的なプロセスとも言う。

           次の科学的な話をしよう。
           姿勢を変えたければ食事の習慣を変えよと言う。
           なぜなら、食習慣は微妙な姿勢を生み出すからだ。
           あなたが肉を食べる人なら覚者のように座ることはできない。
           肉食をする人の姿勢と菜食の人の姿勢は異なる。
           身体は食事によって築かれるからだ。それは偶然のたまものではない。

           何であれあなたが身体に取り込むものを身体は反映する。
           肉を食べる時あなたはただ肉を摂取しているだけではない。
           その肉の元である動物を自分の中に招き入れている。

           肉は特定の身体の一部であり、特定の衝動のパターンの一部だった。
           数時間前その肉は動物でその動物が感じ取ること、その、その動物の習慣のすべてを含んでいた。
           肉を食べているとあなたのさまざまな態度が影響を受けるだろう。
           また、あなたが繊細なら、特定のものを食べると、
           たちどころに特定の変化が起こることに気づくであろう。

           ネズミを食べ続けたら一体どんなことになるのかチュー!
           変なの!


                さあ、次回はいよいよ我が輩が大好きな酒についてである。
                乞うご期待!

                                              勾玉鼠小僧拝
                                                
                                                

伊勢神宮勾玉会への入会についてはこちらから

事務局へのお問い合わせはお気軽にご連絡ください。TEL:075-411-9045 FAX:075-411-9045